“必要だと思うこと”は人によって違うんだ(´-`*)

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にな@ninamedi_)です。

友人から面白い話を仕入れたので書いておきます。

(私の“面白い”は果たして信用できるのか)

 

前提:父親が怒られる家

 

まずは前提から。

 

その家はいつも友人や他家族が、お父さんに対して怒ってるそうです。

基本的にはみんな仲良しらしいんですけど、お父さんが何かやらかして怒られるらしいです。

 

やらかしちゃったときはまぁ、しょうがないかなと思うんですけど、お父さんの生き方・考え方そのものにケチをつけている時があるような感じがします。

 

友人はよく「昨日、父親が△△で、〇〇(母親とか)と一緒に怒った〜」って言うんです。

けっこうキツく怒るらしいです。

「なんっで!!こんなことすんの!!」みたいな。

 

冗談で盛ってるのだったらいいのだけど。

 

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考え方の違い-友人父vs.他-

 

さて、今回友人に聞いたのは『食事後の食器の扱い』です。

 

お父さんは

・自分が使った食器をシンクで洗う→乾かせるところに置いておく

 

をするそうで、私としては(??…これだけでいいじゃん、普通じゃん)と思うのですけど、

 

他の家族からしたら

・自分が使った食器をシンクで洗う→他にもつけ置きのものとかがあればついでに洗う→ふきんで拭く→棚にしまう

まで「しないといけない」そうです。

 

 

ふえええええええ。

私 友人父寄りだからちょっと引きました……。

だって置いといたら乾くじゃろ。

下手したらしばらく同じ食器ヘビロテして、棚にしまわないことあるわw

 

 

え?あれ?空気中のホコリとかがついたら嫌ってこと?

食器棚の中も目に見えないホコリとかチリとかあるよ?

てゆーか神経質なくらい掃除してる家(らしい)でさらにそこまで気にする?

そんなバナナ。

 

 

しかも専業主婦なのに定年後も働いてる夫にそこまで求めるのか、とか。

一馬力で奨学金なしで大学まで行かせてくれた父親に怒るんだ、とか。

 

私の中にあるいろんな感情を味わわせてもらいました。

ありがとう、友人家族(=゚ω゚)ノ

私の“魂のステージ”を少し上げてくれたね。

 

友人には一応

「私もそこまではしないよ」

「お父さんもきっと、そこまで必要だと思わないんだよ」

くらいに言っておきましたが、理解が追いつかない様子でした。

 

 

なにを“必要なこと”として考えるか

 

お金とか人間関係とか社会的なポジションとか、いろんな場面でも

【自分にとって、必要な物事】

を何と心得るかは生きていく上で非常に大きな課題ですね。

 

近頃では

・発信しなければこの世に存在しないのと同じだ

(⇒その発信で成功してる俺スゲーだろ、とアピールして自分の心のバランスを保つ)

・文句があるなら正々堂々リプしてこんかい

(⇒自分の目の届かないところで反対意見が述べられることに対する恐怖心、自分の知らないところで誰かに嫌われる恐怖心)

などなどネット界隈が白熱していますが、

 

もうどうでもいいですわ。

もう「平和にしようよー」とかも思いません。

「悪口いくない!」厨が火に油注いでることに気付いてないのも、もういいです。

 

 

良い意味でね!

 

 

ああ、みんな一生懸命生きてるんだなー。

私もあんなふうに自分の意見をズババンッと言いながら生きたいなー。

という意味で、『もうどうでもいいや』なのです。

 

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この記事のまとめ!

 

それ、本当に“必要”?

 

特に必要じゃないのに、思い込みや強迫観念で

「やらなくちゃいけない!」

「誰も楽をしてはならない!」

と思ってないか考え直してみよう。

 

何かに似てると思ったら、『ブラック企業の社畜』と同じ考えだこれw

 

童話『ハーメルンの笛吹』みたいに、無思考の“前へ倣え(ならえ)”で自分をしんどくさせてないかな?

 

 

他人を怒ったり煽ったりして変わると思う?

 

→思わないよね(´ω`;)

特に私たちの親世代(60代〜)が今さら変われるわけないよね。

何か大事件が起きでもしない限り変わらないよね。

てゆーか大事件が起きても何も変わらなそうだけどね。

 

変わるとしたら、“自分が変わったら、親も変わった”って場合だけだよね。

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